クリスマスの時期目前!玩具市場が1兆円を超え拡大中!しかし、その影で急増する模倣品。その巧妙な手口と、企業が講ずべき「水際対策」について
クリスマスまであと1週間。お子様をお持ちのご家庭はもうクリスマスプレゼントは用意しましたか?我が家の息子は、何が欲しいのか聞いたら「笑い袋」としか言わずほとほと困り果てています。「本当に笑い袋でいいのか…?」と。このクリスマスの時期は目線を変えればおもちゃ業界にとっては一年で一番熱い季節と言えるかもしれません。
少子化と言われて久しい日本ですが、実はおもちゃ市場の規模は1兆円を突破し、過去最高を更新し続けています。その熱気を支えているのが、子供心を持ち続ける大人たち、いわゆるキダルト(Kid+Adult)」です。皆さんはこの言葉ご存知でしたか?
市場が賑わうのは素晴らしいことですが、光が強くなれば、当然ながら影も濃くなります。
高単価な大人向け商品も増えたことで、それを狙う「模倣品(コピー商品)」の手口も、私たちが想像する以上に巧妙化しているのです。
今回は、華やかな商戦の裏側で起きている模倣品との攻防のリアルと、企業が備えるべき対策についてお話しします。
この記事の要点 ⏱️読了目安: [約5分]
- 「キダルト(大人)」需要により玩具市場は拡大中。高単価品が狙われています。
- 日本企業の模倣被害額は推計3.2兆円。ブランド毀損や安全リスクなど被害は深刻です。
- 意匠権の活用に加え、「税関への輸入差止申立(水際対策)」が最後の砦として重要視されています。
記事の目次
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おもちゃは「大人が自分に買う」時代へ
「おもちゃ=子供のもの」という常識は、もう捨てたほうがいいのかもしれません。玩具市場が成長している背景には、明らかに「キダルト消費」の拡大があります。
「遊ぶ」から「集める・見せる」への変化
かつて数百円だったミニカーが、大人向けの限定モデルになれば数千円〜数万円で取引され、即完売することも珍しくありません。また、SNSでの「推し活」や「ぬい活(ぬいぐるみと旅をする)」に見られるように、商品は「遊ぶ道具」から「自己表現のための資産(ギア)」へと価値を変えています。
【深掘り】なぜ今「キダルト」市場が熱いのか?
いくつかの社会的要因が絡み合っているようです。
- 晩婚化・未婚化:自分自身にお金を使える単身世帯が増え、趣味への投資額が増えています。
- ストレス解消ニーズ:デジタル社会の疲れを癒やすため、手触りのあるアナログな玩具や、懐かしいキャラクター(レトロブーム)に安らぎを求める心理があるようです。
- SNSによる承認欲求:レアなフィギュアや美しくディスプレイされたコレクションをSNSで共有し、コミュニティ内で評価されることが、新たな購買動機になっています。
【現実】被害額は3兆円超?模倣品がもたらす「3つの損失」
市場の盛り上がりと比例するように、模倣品による被害も深刻さを増しています。
特許庁の調査報告によると、日本企業の模倣品被害額(世界全体)は、推計で年間約3.2兆円に上るとも言われています。これは決して一部の大企業だけの問題ではありません。ECサイトを通じて世界中どこでも販売できるようになった現代、ヒット商品を持つすべての企業が標的になり得ます。
模倣品が企業にもたらす損失は、単純な「売上の低下」だけではありません。現場が最も恐れているのは、以下の3つのリスクです。
Loss 01
逸失利益(本来得られるはずだった利益の消失)
最も直接的な被害です。特に玩具市場のようなトレンド性の高い商材では、「在庫切れ」のタイミングを狙って大量の模倣品が流入するケースがあります。消費者が「本物が手に入らないから」と類似品に流れてしまえば、開発にかけたコストを回収できず、次なる商品開発への投資体力が奪われてしまいます。
Loss 02
ブランド信用の毀損(内部からの崩壊)
近年増加している精巧な模倣品は、パッケージまで本物そっくりに作られています。消費者が「正規品だと思って買ったのに、すぐ壊れた」と誤認し、SNSで「このメーカーの品質は落ちた」といった悪評が広まるリスクがあります。一度失ったブランドへの信頼を取り戻すには、長い時間とコストがかかります。
Loss 03
安全性の欠如と事故リスク
正規品は厳しい安全基準(STマークなど)をクリアしていますが、模倣品にはそれがありません。小さな子供が誤飲しやすいパーツが使われていたり、有害物質を含む塗料が使用されていたりと、重大な事故につながる恐れがあります。万が一事故が起きた場合、たとえ模倣品であっても「似ている商品」を作っている正規品メーカーへの風評被害は避けられません。
【脅威】AI監視もすり抜ける?進化した「3つの模倣手口」
こうした被害を拡大させている要因の一つに、模倣手口の「質的な変化」が挙げられます。
かつては「いかにも偽物」といった粗雑なコピー品が多く見られましたが、現在はターゲットが高単価な大人向け商品に広がったことで、その手口も極めて巧妙になっています。ECサイトのパトロール担当者を悩ませる、主な手口を見てみましょう。
Risk 01
「ロゴ外し」による商標権回避(独自設計型)
これが今、非常に厄介な手口の一つです。
ECサイトなどで削除要請を出す際、最も強力な武器は「商標権(ブランドロゴの無断使用)」です。しかし、最近の業者はそれを逆手に取り、あえて商品からブランドロゴだけを外して販売します。
キャラクターの形状や商品のデザインそのものは「丸パクリ」であっても、ロゴがないため「商標権侵害」を問うことが難しくなります。商標対策のみに注力している企業は、ここで手出しができなくなってしまうのです。
Risk 02
EC画像の「隠しロゴ」加工
こちらは、さらに悪質な「隠蔽工作」です。
届いた商品にはバッチリと偽のロゴが入っているのに、ECサイトの商品画像だけ、ロゴ部分を画像加工で消したり、ぼかしたりして出品する手口です。
プラットフォーム側の「AI画像解析」による商標チェックをすり抜けるための工作で、購入者は届くまで偽物だと気づきにくく、企業側も画像検索で発見するのが難しくなります。
Risk 03
見分けがつかない「スーパーコピー」
パッケージや説明書まで本物そっくりに作られた「スーパーコピー」も急増しています。外見は完璧ですが、フィギュアなどで「パーツがはまらない」「すぐ折れる」といった粗悪品が多く見られます。
最大の問題は、購入者が「自分が偽物を買ったことに気づかない」ことです。「バンダイの製品を買ったのにすぐ壊れた」と誤認され、正規メーカーにクレームが入るという、企業の信用を内部から破壊する「時限爆弾」のような存在です。
【対策】商標×意匠×不競法の「知財ミックス」総力戦
「商標さえ取っておけば安心」という時代は終わりを告げたのかもしれません。高度化した模倣品業者に対抗するためには、一つの権利に依存するのではなく、複数の権利を重ね合わせて網を張る「知財ミックス」戦略が不可欠です。
なぜ「ミックス」が必要なのでしょうか? それは、各法律が得意とする「守備範囲」と、どうしてもカバーできない「死角(限界)」が異なるからです。
3つの防御壁の役割分担
- 商標権:「名前とロゴ」を守る。税関で最強だが、ロゴを外されると無力。
- 意匠権:「形とデザイン」を守る。ロゴなし品に強いが、発売前の登録が必須。
- 不競法:「丸パクリ」を登録なしで撃退。ただし、発売後3年間の期限付き。
1. 【商標権】ブランドの「信用」を守る盾
商標権は、商品名やロゴマークを保護する権利です。
- 強み:侵害の判断が容易(ロゴが同じかどうか)であるため、税関やECサイトでの削除要請において最も即効性が高い権利です。パッケージまでコピーする「スーパーコピー」には絶大な効果を発揮します。
- 死角:権利の対象はあくまで「マーク(標章)」です。そのため、商品形状がどれだけ似ていても、ロゴが付いていなければ商標権侵害を問うことは極めて困難になります(いわゆる「ロゴ外し」の手口)。
2. 【意匠権】商品の「カタチ」を守る鎧
意匠権は、物品の形状や模様、色彩などのデザインを独占できる権利です。
- 強み:ロゴの有無に関わらず、「見た目が似ていればアウト」と言える点です。商標権の死角である「独自設計型(ロゴ外し品)」を撃退する最強のカードとなります。
- 死角:「新規性(新しさ)」が登録要件となるため、原則として世に出す前に出願しなければなりません。発売後に「売れたから登録しよう」と思っても手遅れになるケースが大半です。
【事例】たまごっちの教訓:事後対応から「事前防御」へ
1996年、社会現象となった「初代たまごっち」。当時は国内外で約100種類もの模倣品が出回りましたが、当時の法制度や社内体制の事情もあり、税関で止めることが難しく、国内で見つかった業者を個別に訴えるという「モグラ叩き」のような対応を余儀なくされたそうです。
しかし、この苦い経験が転機となりました。
2004年の「かえってきた!たまごっちプラス」発売時には、初代の教訓を活かし、デザインを発売直前まで極秘にしつつ、水面下でしっかりと「意匠登録」を済ませるという戦略にシフトしました。その結果、発売と同時に意匠権を根拠とした輸入差止が可能となり、模倣品の流入を効果的に阻止できたと言われています。
3. 【不正競争防止法】登録不要のセーフティネット
「意匠登録をしていなかった!」という場合でも、諦めるのは早いです。不正競争防止法(第2条1項3号)は、他人の商品の形態を模倣した商品(デッドコピー)の譲渡などを禁止しています。
- 強み:特許庁への登録手続きが不要です。商品が販売され、周知されていれば権利を行使できるため、発売後にコピー品が出回った際の緊急避難的な措置として機能します。
- 死角:最大の弱点は「期間制限」です。この保護が受けられるのは、日本国内で最初に販売された日から「3年」以内に限られます。3年を過ぎると、意匠権を持っていなければ、デザインの模倣を止める法的根拠を失うことになります。
結論:なぜ「ミックス」が必要なのか?
これら3つの権利は、それぞれが「穴」を持っています。しかし、重ね合わせることでその穴を塞ぎ、鉄壁の守りを作ることができます。
-
Step 1
発売直後の「デッドコピー」には
意匠登録が間に合わなくても、「不正競争防止法」で即座に対応し、初期のコピー品を市場から排除します。
-
Step 2
ロゴを外した「巧妙なコピー」には
あらかじめ取得しておいた「意匠権」を行使します。ロゴがなくても形状の類似性で差止をかけ、逃げ道を塞ぎます。
-
Step 3
3年経過後の「ロングセラー」には
不競法の効力が切れた後も、「商標権」と(更新した)「意匠権」が半永久的、あるいは長期間にわたってブランドとデザインを守り続けます。
このように、時間軸と模倣タイプに合わせて複数の権利を使い分けることこそが、現代の模倣品対策のスタンダードとなりつつあります。
権利を持つだけでは止まらない?「税関」を動かす水際対策
ここまで「3つの権利」で守りを固める重要性をお話ししました。しかし、権利を持っているだけでは不十分です。特に模倣品の多くが海外(中国や東南アジアなど)から流入するおもちゃ業界において、最も重要なのは「そもそも国内に入れない」ことです。
そこで最後の砦となるのが、税関による「輸入差止申立制度」です。
【用語解説】輸入差止申立制度とは?
商標権や意匠権などの知的財産権を持つ権利者が、税関長に対して「自分の権利を侵害する物品が輸入されそうになったら、止めてください」と申し立てを行う手続きです。
この申し立てが受理されると、全国の税関で該当する模倣品の輸入を監視・差し止めてくれます。いわば、税関職員を「自社ブランドを守るガードマン」として味方につけるようなものです。
なぜ「申立」が必要なのか?
誤解されがちですが、「権利を持っていれば、税関が自動的に偽物を止めてくれる」わけではありません。税関職員はすべてのブランド商品を把握しているわけではないため、権利者側から「これが本物で、こういう偽物が出回っています」という情報提供(申立)を行わない限り、効果的な取り締まりは期待できないのです。
水際対策のメリット
- 効率性:一度国内に入ってしまった模倣品を回収するには、販売業者を特定し、個別に警告・訴訟を行う必要があり、莫大なコストと労力がかかります。水際で一網打尽にするほうが圧倒的に低コストです。
- 費用対効果:輸入差止申立の手続き自体には、特許庁への登録料のような印紙代(手数料)はかかりません(※弁理士等への依頼費用は別途)。権利さえ持っていれば活用できる、非常にコストパフォーマンスの高い手段です。
せっかく取得した商標権や意匠権です。机の中にしまっておくのではなく、税関という現場で働かせてこそ、その真価を発揮します。
まとめ:市場の変化に合わせて、守り方もアップデートを
クリスマス商戦を支える「キダルト市場」の拡大は、企業にとって大きなチャンスです。しかし、市場が成熟し商品が高単価になるほど、それを狙う模倣品の手口も高度化していくことが予想されます。
「商標登録だけ」では、自社の価値ある製品を守り抜くことは難しくなっているのが現状です。市場の変化に合わせて、権利のポートフォリオと運用の仕方もアップデートしていく必要があるでしょう。
- 商標だけでなく、「意匠権」で形状を守る。
- 発売後3年以内の「不正競争防止法」活用を検討する。
- 権利を行使し、「税関(輸入差止申立)」で水際での侵入を防ぐ。
