【産業構造審議会の内容解説】海外サーバー経由の「越境侵害」とは? 特許の「侵害した者勝ち」を終わらせる議論をわかりやすく解説。
自社の画期的なシステムが他社に真似されてしまった。しかし、相手は「海外のサーバー」を使っているから手出しができない。あるいは、苦労して裁判で勝ったのに、支払われた賠償金よりも「相手の手元に残った利益」の方が圧倒的に大きかった……。
一生懸命に技術開発を行う企業にとって、これほど理不尽で悔しいことはありません。しかし、こうした「侵害した者勝ち」とも言える事態が、現在の日本の知財現場では実際に起きています。
令和8年8月20日に開催された「産業構造審議会 知的財産分科会 第57回特許制度小委員会」では、まさにこの「不条理な実態」にメスを入れるべく、深刻な危機感とともに制度の抜本的な見直しが議論されました。
この記事では、最新の小委員会で配布された資料を読み解き、複雑な法律問題を初心者にもわかりやすく噛み砕いて解説します。自社の技術を理不尽な模倣から守るため、今後の知財保護の未来がどう変わろうとしているのかを一緒に見ていきましょう。
この記事の要点
⏱️読了目安: [約7分]
- 損害賠償の抜け穴?裁判で勝っても侵害者の手元に利益が残る「推定覆滅」の実態と課題。
- 海外サーバーを使えば特許侵害にならない?国境を越える「越境侵害」4つの典型的パターン。
- 「侵害した者勝ち」を防ぐため、「利益吐き出し型賠償」や「証拠収集手続(査証制度)」の議論が本格化。
【前提条件・重要なお知らせ】
本記事の解説やデータは、令和8年8月20日時点の「産業構造審議会 第57回特許制度小委員会」における討議資料に基づいています。法改正や実務指針の最終決定を示すものではありません。なお、実際の会議で使用された配布資料は、以下の特許庁公式ページよりご確認いただけます。
記事の目次
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国境を越える特許侵害。海外サーバーを使う「越境侵害」とは?
まず最初の議題は、IT・ソフトウェア分野で深刻化している「越境(えっきょう)侵害」です。
特許のルールには「属地主義(ぞくちしゅぎ)」という大原則があります。日本の特許は日本国内でしか効力を持たず、アメリカの特許はアメリカでしか効力を持ちません。これを悪用し、サーバーなどの中核システムを物理的に日本国外(海外)に置き、そこから日本のユーザーに向けてサービスを提供する手法が多発しています。
有名な「ドワンゴ対FC2事件」では、サーバーが国外にあっても「実質的には日本国内で行われた侵害行為である」と最高裁で認められました。しかし、それ以外の複雑なクラウドサービスなどでは、未だに「どこからが特許侵害になるのか」という境界線が曖昧なままです。
特許庁が整理を進める「4つの典型的類型」
そこで特許庁の小委員会では、事業者の「予見可能性(意図せず侵害してしまうリスクを避けるための目安)」を高めるため、データの処理経路を以下の4つのパターン(類型)に分類し、整理を進めています。
- 国内端末等処理型: 海外サーバーからデータを送り、国内のスマホやPC側で処理を行うことで特許効果を発揮するタイプ。(ドワンゴ対FC2事件が該当)
- 海外サーバー等処理型: 逆のパターン。国内のスマホやIoT機器から情報だけを集め、海外のサーバー側で重い処理を行うSaaS等のタイプ。
- ネットワーク周辺利用: 国内外を繋ぐ通信の中継装置や、海外のメールサーバー経由の技術などを利用するタイプ。(米国のBlackBerry事件などが有名)
- サーバー等周辺利用: 海外サーバーそのものではなく、そこに使われるハードウェア周辺技術(高効率な冷却装置など)を利用するタイプ。
【参考】海外における「越境侵害」を認めた裁判例
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中国:国際便追跡オンラインサービス事件
香港(中国本土外)のサーバーを使って情報処理を行っていたが、「特許発明の実施地は中国本土にある」として侵害を肯定。 -
ドイツ:ARゲームマッチング事件
国内のスマホから国外のサーバーへデータを送りマッチング処理をしていたが、「国外工程をドイツ国内に帰属させることができる」として侵害を肯定。
賠償金より手元に利益が残る?「102条2項」の不条理な実態
次が、今回最も白熱した議論である「特許法第102条第2項」に関する問題です。少し小難しい条文名ですが、やっていることはとてもシンプルです。
本来、特許を侵害された側が「いくら損をしたか」を証明するのは非常に困難です。そこで法律は、「侵害した相手が不当に儲けた金額を、そのまま権利者の損害額だと『推定』する(=みなす)」という仕組みを用意しました。これが102条2項です。これなら権利者も救済されやすいはず……でした。
「私が儲けたのは特許のおかげだけじゃない!」(推定の覆滅)
しかし、現実の裁判ではどうなるでしょうか。侵害者側は当然、全額支払うのを防ぐためにこう反論します。「たしかに模倣しましたが、この商品が売れたのは私たちが頑張って宣伝したからです!」「そもそも市場が違います!」
【用語解説】「限界利益」と「推定の覆滅(ふくめつ)」
限界利益:
侵害品の総売上から、製造・販売に「直接」かかった経費だけを引いた利益のこと。これが損害額の「推定のベース」になります。
推定の覆滅(ふくめつ):
「推定された損害額」と「自社の特許」の因果関係を否定し、賠償額を減額させる手続きのこと。大合議判決により、①市場の非同一性、②競合品の存在、③侵害者の営業努力、④侵害品の性能、⑤特許発明の部分実施の5つに整理されました。
令和元年の裁判(大合議判決)によってこの「覆滅」のルールが明確化された結果、侵害者側が「減額の証明」をしやすくなりました。結果として、現在どのような事態が起きているかを以下のプロセスで見てみましょう。
-
Step 1
権利者が「侵害者の利益」を計算する
特許権者は、侵害者が不正に販売して得た「限界利益」を算出し、これを損害額として裁判で主張します。
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Step 2
侵害者が「減額(覆滅)」を主張する
侵害者側は「自社の営業努力だ」「特許の部分は一部だけだ」と因果関係を阻害する事情を全力で立証します。
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Step 3
裁判所が約50%を「削り取る」
双方の主張をもとに、裁判所は平均して約50%もの割合を「特許とは無関係な利益」として削り落として(覆滅して)しまいます。
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Step 4
【結末】圧倒的な利益が「侵害者」に残る
削り取られた分の利益は、賠償金から除外され、そのまま侵害者の懐に残ります。特許権侵害という不法行為を行ったにも関わらず、過半の利益が手元に残るという不条理な事態が生じています。
データが示す「侵害した者勝ち」の空洞化
この事態をデータで見ると、さらに深刻さが浮き彫りになります。
令和元年以降の26件の損害額算定判決を調査した結果、特許権者に支払われた賠償金総額が「約56億円」だったのに対し、推定が覆滅されて「侵害者の手元に残った利益総額」は、なんとその2.5倍以上の「約144億円」に達していることが明らかになりました。
真面目に研究開発に取り組んでいる企業が模倣され、高い訴訟費用を払って勝訴しても、相手の懐により多くの利益が残る。これでは抑止力にならないどころか、悪質な模倣を助長する「侵害した者勝ち」の制度になってしまっています。
抑止力を求めて。議論が本格化する「新たな救済制度」
特にスタートアップや中小企業にとって、大企業に自社の技術やアイデアを「横取り」されることは死活問題です。出資話を持ちかけられて技術を開示したら、出資は破談になり、気がつけば全く同じ機能が相手のサービスに実装されていた……といった事例も報告されています。
こうした極めて悪質な「故意(わかっていながら)の侵害」に対して、諸外国のような強力なペナルティを日本にも導入すべきではないか、という声が急速に高まっています。
Point 01
「懲罰的損害賠償」と「利益吐き出し型賠償」
アメリカや中国、韓国では、悪質な故意侵害に対して実際の損害額の「最大3〜5倍」の罰金を支払わせる「懲罰的損害賠償」が導入されています。また、欧州などでは、侵害者が不当に得た利益をそっくりそのまま権利者に引き渡させる「利益吐き出し型賠償」が可能です。
しかし、日本の民法は「実際に生じた被害の穴埋め(実損填補)」を大原則としており、民事裁判で実損を超える「制裁・罰」を与えることには、法理上の強い抵抗があります。また、意図せず侵害してしまった企業まで過剰なリスクを背負い、ビジネスが萎縮してしまう懸念もあり、議論は真っ二つに分かれています。
歴史が動くか?小委員会の議論の歩み
実はこの問題、ここ数年で何度も議論されながら、慎重論に押されて見送られてきた歴史があります。
故意の侵害(悪質性)を立証するためには、相手のシステム内部や会議録にアクセスする強力な「証拠収集手続」が不可欠です。今後、証拠収集のための「査証制度」の拡充とセットで、新たな賠償制度の議論が大きく前進する可能性があります。
まとめ:知財担当者・開発現場が今から備えるべきアクション
制度が変わるのを待つだけではなく、企業として自衛のために今すぐ打てる手もあります。
企業が取るべき自衛のアクション
- 「海外サーバーだから安全」という認識を捨てる:
自社が海外サーバーを使って国内向けサービスを展開する場合でも、日本の特許を侵害するリスクがあることを認識し、事前の特許クリアランス調査を徹底する。 - 秘密保持契約(NDA)の厳格化:
大企業との共同開発や出資交渉の際、安易にノウハウを開示せず、ブラックボックス化とNDA締結を徹底し、「技術の横取り」を防ぐ。 - 「自社特許の価値」を示す証拠の日常的な保全:
万が一侵害された際、相手の「減額(覆滅)」主張を跳ね除けるため、「自社の特許技術が顧客を惹きつけている証拠(アンケート等)」を日常的に集めておく。
「将来の取引先になるかもしれないから、侵害されても黙認するしかなかった」「裁判を起こしても費用倒れになるから諦めた」——。特許庁の調査には、知財や開発の現場で働く皆様の、やるせない苦悩と悲鳴が多く寄せられていました。
日夜情熱を注いで生み出した発明の種が、理不尽な論理で搾取されてしまう。そんなことはあってはなりません。
今回の小委員会で示された「侵害した者勝ちへの非難」と「新たな法整備への道標」が、皆様のこれまでの苦労に報い、本来注力すべき創造的な業務に胸を張って向かえるような、力強い後押しとなることを切に願っております。
私たちミガリオも、システムの側面から皆様の大切な知財と事業を守るために全力でサポートしてまいります。
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