【事例解説】iRobot/ガイナックス 倒産・破産時に「知的財産」はどのように守られるのか? 特許移転やライセンス契約について
2025年12月、日米で象徴的な企業のニュースが相次ぎました。
ロボット掃除機「ルンバ」で知られる米iRobot社が連邦破産法第11条(チャプター11)の適用を申請したこと、そして『新世紀エヴァンゲリオン』を生み出したアニメ制作会社ガイナックスが破産手続きを終え、法人として消滅したことです。
一方は再建を目指し、他方は歴史に幕を下ろしました。しかし、どちらの事例でも多くの人が気にかけていたのは、「私たちが愛する製品や作品(知的財産)はどうなってしまうのか?」という点でした。
企業が法的整理に入る時、その会社が持っていた特許や著作権といった「知財」は誰の手に渡り、どう扱われるのでしょうか。取引先の倒産リスクに直面している法務・知財担当者様に向けて、この2つの事例から学ぶべき法的知識と実務対応について解説します。
この記事の要点
⏱️読了目安: [約5分]
- iRobotは事業継続型の再建(チャプター11)であり、製品サポートやアプリ利用は継続されるためユーザーへの影響は少ない。
- ガイナックスは清算型の破産だが、主要な著作権は破産前にカラー社などへ移管・返還され、作品の散逸は回避された。
- 取引先が破産しても、特許法の改正により「通常実施権(ライセンス)」は登録なしで保護されるが、特許権自体の移転には裁判所の許可が必要。
記事の目次
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「倒産」といっても中身は違う。iRobotとガイナックスの決定的な差
「倒産」という言葉は一般的に使われますが、その法的な中身は状況によって全く異なります。今回の2社のケースは、まさに「再建型」と「清算型」という対照的な事例となりました。
- 目的: 会社の消滅、負債の清算
- 結果: 2025年12月10日に法人消滅。約42年の歴史に幕。
- IPの扱い: 散逸を防ぐため、破産手続き前にカラー社やトリガー社などの関係者へ権利を譲渡・返還済み。
- 目的: 財務体質の改善、事業継続
- 結果: 法人は存続。中国PICEAの支援を受け再建を目指す。
- IPの扱い: 買収元が株式を取得し、iRobotブランドおよび特許・ノウハウを維持・活用して事業を継続。
iRobot:事業とブランドを守るための選択
米国時間2025年12月14日に申請された「チャプター11」は、日本の民事再生法に近い制度です。会社を潰すことが目的ではなく、「借金を整理して、スポンサーの力を借りて復活する」ための手続きです。
今回は、2,000万台以上のロボット掃除機製造実績を持つ中国PICEA社がスポンサーとなり、iRobotの技術力とブランドを維持する形での合意がなされています。アイロボットジャパンも「今回の手続きは財務構造をより強固にし、今後も継続してお客様に価値を提供できる体制を整えるためのもの」とコメントしており、事業はこれまで通り継続されます。
【iRobotユーザーの皆様へ】
日本国内におけるルンバ等の製品販売、修理受付、保証対応、および専用アプリの利用には影響がないとアナウンスされています。
ガイナックス:散逸を防ぐための「意図的な」幕引き
一方、ガイナックスの破産は、長年の放漫経営による負債(約3億8000万円)を整理し、会社を畳むためのものでした。特筆すべきは、破産に至る前に、庵野秀明氏率いる株式会社カラーなどの債権者が主導し、「作品の権利(IP)が散逸しないよう整理・譲渡していた」点です。
もし何の対策もしないまま破産していたら、貴重なアニメ作品の権利が、事情を知らない第三者にバラバラに売却され、二度と作品が見られなくなっていたかもしれません。株式会社カラー代表の庵野氏は、ガイナックス最後の社長に対し「神村、ありがとう。そして、御苦労様でした」とねぎらいの言葉を贈りました。これは、法的な整理だけでなく、作品への愛と責任を果たしたことへの感謝だったのかもしれません。
時系列で見る:繁栄から法的整理までの軌跡
両社がどのような経緯を辿り、今回の決断に至ったのか。それぞれの歴史を振り返ると、「なぜ再建なのか」「なぜ消滅なのか」という結末の違いが見えてきます。
事例1:iRobot(市場競争と再建への模索)
ロボット掃除機という新市場を創造。その後、20年以上にわたり業界のトップランナーとして君臨する。
AmazonがiRobotの買収を発表するも、EU規制当局の反対により2024年に断念。これにより期待された資金調達が白紙となり、自力での構造改革を迫られる。
負債の整理と中国PICEAによるスポンサー支援を受け、事業を継続しながら財務体質を抜本的に改善する道を選択。
事例2:ガイナックス(放漫経営と権利の保全)
『王立宇宙軍』で設立し、『新世紀エヴァンゲリオン』で社会現象を巻き起こす。しかし、自転車操業的な体質はこの頃から続いていた。
※この時期、法制度上ではライセンス保護の仕組み(当然対抗)が整い、後の権利処理の土台となる。
【補足】なぜこの改正が重要だったのか?
2011年(平成23年)の改正以前は、ライセンス契約(通常実施権)を結んでいても、特許庁に「登録」していなければ、特許権者が変わった際(倒産や売却など)に新しい持ち主に権利を主張できませんでした。
しかし、実務上すべてのライセンスを登録するのは困難だったため、法改正により「登録しなくても、契約していれば第三者に対抗できる(当然対抗)」という制度が導入されました。これにより、企業の法的整理の際もライセンス契約が保護されやすくなりました。
前代表の逮捕により機能不全に。債権者であるカラー社(庵野秀明氏)らが経営に入り、散逸を防ぐための「知財整理」へ舵を切る。
主要な権利(IP)を関係各社へ返還・譲渡を完了させ、役割を終える形で法人格が消滅。
取引先が倒産したら?知財担当者が知っておくべき「権利」の行方
ここからは実務的な視点です。もし、皆様の会社が特許ライセンスを受けている取引先(ライセンサー)が倒産してしまったら、その契約はどうなるのでしょうか?
Q.
倒産した相手から受けている「ライセンス」は消滅する?
A. 基本的には守られます(通常実施権の場合)。
かつては、特許庁に登録していないライセンス(通常実施権)は法的保護が弱く、破産管財人によって一方的に契約解除されるリスクがありました。
しかし、2011年の法改正により、通常実施権は発生と同時に「当然対抗(とうぜんたいこう)」の効力を持つようになりました(特許法99条)。これにより、破産管財人が特許権を第三者に売却したとしても、皆様の会社はそのままライセンスを継続して使用できることが法的に担保されています。
※ただし、「専用実施権」の場合は設定登録が効力発生要件となるため、未登録の場合は保護されない可能性があります。
Q.
逆に、倒産した相手の特許権を買い取ることはできる?
A. 可能ですが、手続きは慎重に行う必要があります。
破産管財人は、債権者への配当原資を作るために、会社の財産(特許や商標)を換価(売却)しようとします。ガイナックスの事例のように、関係の深い企業が買い取ることはよくあります。
ただし、破産法上のルールとして、管財人が特許権などを任意売却する際には「裁判所の許可」が必須となります(破産法第78条2項2号)。これがない譲渡は無効となるため、契約時には許可書の確認が不可欠です。
【用語解説】通常実施権と専用実施権の違い
●通常実施権(つうじょうじっしけん)
「この技術を使ってもいいよ」という許諾。複数の会社に同時にライセンスできます。法改正により、登録しなくても第三者に対抗できるようになりました。
●専用実施権(せんようじっしけん)
「この範囲ではあなただけが独占的に使える」という強力な権利。特許権者自身すら使えなくなります。強力な分、特許庁への設定登録が必須です。
【解説】破産管財人から特許を買い取る際のプロセスについて
実際に、破産した企業(破産管財人)から知的財産権の譲渡を受ける場合、どのようなフローになるのでしょうか。通常の譲渡とは異なり、「裁判所」が関与する点が最大の特徴です。
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Step 1
破産管財人との交渉
破産手続開始決定後、財産の管理処分権を持つ「破産管財人」と譲渡交渉を行います。共有者がいる場合は、その共有者の同意も取り付ける必要があります。
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Step 2
裁判所の許可取得
【最重要】条件が合意できたら、管財人は裁判所に「任意売却の許可」を申し立てます。許可が下りると「許可書」が発行されます。
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Step 3
譲渡契約の締結・代金支払い
裁判所の許可を前提として、正式な譲渡契約を締結し、代金を支払います。この際、必ず「裁判所の許可書の写し」を受領してください。
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Step 4
特許庁への移転登録申請
通常の「譲渡証書」に加え、「裁判所の許可書」「管財人の資格証明書」などを添付して、特許庁へ移転登録を申請します。
※万が一、会社が清算結了(閉鎖)してしまった後の申請となる場合、「閉鎖登記事項証明書」や「元清算人の印鑑証明」などの追加書類が必要となり、手続きが非常に煩雑になるため、可能な限り清算結了前に手続きを完了させることが鉄則です。
⚠️ 実務上のご注意と免責事項
本記事で解説した特許権等の移転手続きやライセンス保護に関する記述は、一般的な法解釈および執筆時点での運用に基づくものです。
実際の倒産案件や実務では、個別の契約内容や破産管財人の方針によって対応が異なる場合があります。手続きを進める際は、本記事の情報のみに依拠せず、必ず担当の弁護士、弁理士、または特許庁の窓口へご相談の上、専門的なアドバイスを受けてください。
※本記事の利用により生じた損害等について、当社は一切の責任を負いかねます。予めご了承ください。
まとめ:技術と作品を「次」へ繋ぐために
iRobotはチャプター11によって事業継続の道を選び、ガイナックスは破産によってその歴史を閉じました。しかし、どちらも「価値ある知的財産(技術・作品)を散逸させず、次の担い手へバトンを渡す」という点では、適切な法的処理が行われた事例と言えるでしょう。
企業の倒産は悲しい出来事ですが、そこで生まれた発明や作品まで消えてしまう必要はありません。
知財担当者の皆様におかれましては、万が一の事態に備え、自社のライセンス契約状況(特に対抗要件の有無)を今一度確認してみてはいかがでしょうか。事前の備えが、大切なビジネスと、時には文化そのものを守ることにつながります。
